東京高等裁判所 昭和28年(う)2053号 判決
被告人 橋本信重 外
〔抄 録〕
被告人鈴木の弁護人Aの論旨第一点、被告人橋本の弁護人Bの各論旨第一点について。
原判決の認定した事実は、
被告人等はいずれも茨城県勝田都市建設事務所勤務の県吏員で、被告人橋本は同事務所長技師兼出納員として同事務所に於ける建設に関する事務の外会計事務を処理していたもの、被告人鈴木は工事係技師として専ら工事の設計並びに工事用物件の検収等の事務に従事していたものであるが、被告人両名は同事務所庶務係主任として金銭出納に関する事務を担当していた原審相被告人浜勇と共謀の上、茨城県が同事務所の着工又は起工を認可し、当該費用の支出計画を決定し、同事務所並びに勝田県支金庫に示達されたる金員を同金庫から受領し、当該債主に支払を為すに当つてその一部を不正に領得せんことを企て、かねて工事用資材の数量単価を減少し、或は物件の使用料又は運搬費用を切詰めて、前記認可のあつた工事を施行しながら、同設計書の内容に符合するよう債主の見積書、請求書、受領書或は同事務所工事用物件検収調書等工事関係所要書類を巧みに作成備え付け犯罪の発覚を防止すると同時に、前記認可のあつた設計書に基き、同出張所出納員(被告人橋本)名義の支払通知書並びに案内支払通知書を作成し、これを勝田県支金庫に提出し、県から示達された金額を受領し、被告人橋本及び原審相被告人浜勇の業務上保管に係る県所有の現金のうちから、債主に対し工事に関し減少又は切詰められた実費に該当する支払を為し、これと右受領額との差額を着服する方法により
(一)昭和二十五年八月八日頃より同年九月二十日頃までの間被告人橋本等保管の現金三十七万二千六百二十四円の中債主に金二十万八千六百九十五円を支払つた残金十六万三千九百二十九円を擅に着服し
(二)同年十月二十六日頃より昭和二十六年十二月三日頃までの間前同様保管の現金百三万四千百四十七円の中債主に金六十三万九千二百四十九円を支払つた残金三十九万四千八百九十八円を擅に着服し
以て横領したものというのである。
記録を調査するに、茨城県勝田都市建設事務所が施行する工事はすべて設計書に基いて茨城県から認可を受けなければならないし、又その所要経費の支払についても、県の決定した支出計画に従い示達された予算の範囲内に於て施行せらるべきであることもちろんであるが、県から現金を同建設事務所に交附してあるわけではないから、同事務所が業者に請負はせた工事が完了したとか、或は所要資材を購入したりして債務が発生し、これが支払を要する場合には、茨城県会計規則に準拠し、勝田都市建設事務所長たる被告人橋本信重から同所出納員に支出を命じ、出納員即ち茨城県会計規則にいう廨長たる被告人橋本に於て庶務主任たる原審相被告人浜勇をして県金庫に対する支払通知書を発行させ、工事を請負い或は資材を納入した業者即ち原判決のいわゆる債主はこの支払通知書により勝田町所在の県支金庫より現金支払を受領することになるものであり、従つて勝田建設事務所勤務の工事係技師たる被告人鈴木はもとより、同所長被告人橋本及び同庶務主任浜勇と雖も工事代金や資材購入費を当然に業務上保管しているものではない。原判決もこの事を認めているからこそ、被告人等が共謀の上業務上保管に係る県所有の金銭を着服横領したと判示するに際り、その金銭が被告人等の保管に移る過程を説明しているのであつて、本来予算に定められていて県支金庫から債主に対し払はるべき金額の一部を被告人橋本や浜に於て保管していたというのも、資材が予定されていた単価よりも廉価で購入し得たり、必要とされているだけの数量の資材を故らに使用しないで資材を浮かしてその購入を一部さし控えたり、資材の単価も予算より安く購入し、或は物件使用料や運搬費用を切詰めたりしたので、債主に支払うべき金額はそれだけ少額で済むことになつたに拘らず、県から認下を受けた設計書どおり工事を施行したから予算金額どおり債主に支払はねばならないものとして、実際債主に支払う金額より以上の支払通知書を作成し、これを債主に交付しないで自ら県支金庫に提出し、県から示達された金額を受領し債主に対しては減少し切り詰められた費用だけを支払うというからくりを施したからで、そこで原判示のような金員が余つてきたものであり、被告人橋本等がこれを保管していたことは原判決もこれを認めているとおりである。而して予算として示達せられた金額はすべて予算に定めてあるとおり全額を支出すべく義務づけられているわけではないことはいうまでもないし、予算として示達せられているからといつて、被告人等が工事施行にかこつけ勝手にこれを県支金庫から引き出し、自らその保管に当るべきものでもないのである。従つて工事係主任技師たる被告人鈴木は必要とされる資材使用量を誤ることなく正確に設計し苟も不当に余分の資材を必要なものとして設計してはならないことは勿論であるし、正当な設計書によつて県当局の認可を受けた以上はそのとおりの資材を使用して工事を為すべく、もし資材の単価や使用料運搬費についての節約の余地があれば、当然これを節約すべきであると共に、この節約された実際の工事費用につき支払通知書を作成し債主に交付することが建設事務所長にして廨長たる被告人橋本の当然の任務である。然るに前記のように工事用資材の数量単価を減少し或は物件の使用料又は運搬費用を切り詰めて工事を施行したため現にその支払を必要とせず、支払つてはならない金額につき実際の工事費に加算し、示達された予算金額に合致させた支払通知書を作成することは地方公務員たる被告人等の為すべからざるところであるし、かかる支払通知書を県支金庫に提出し金員を受領する所為は刑法第二百四十六条第一項の人を欺罔して財物を騙取したる者というに該当する。もちろん被告人等はかくして県支金庫から受領した金員の中債主に対しては夫々工事の費用等を支払つていること原判決認定のとおりであるから、その部分については領得の意思なきものとして財物騙取の客体にならないとしても爾余の部分即ち原判示の横領金額については特段の理由がない限り詐欺罪が成立しないとする理由は存しない。然りとすれば原判決が本件業務上横領罪に関し判示金員が被告人橋本の業務上保管に移る経過を説明判示した部分は詐欺罪に該当する事実を判示したものというべきであり、既に県支金庫より予算金額を受領するに当り詐欺罪が成立する以上、その金額につき更にこれを着服横領したものとして業務上横領罪が成立する謂れがないのである。してみれば原判決が原判示被告人等の所為につき詐欺罪の成立しない特別の理由を判示するか、或は他に何等かの正当権限により被告人等が原判示金員を業務上保管し得べき事由を判示しない限り、原判示金員について直ちに業務上横領罪が成立するものとしたのはその理由にくいちがいがあるものというべく論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。